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詰め放題に行列ができる理由——「お得感」を演出する仕組み

詰め放題に行列ができる理由——「お得感」を演出する仕組み

スーパーの一角に袋が積まれ、開始時刻の前から列ができる。詰め放題は、催事としても日常の売り場でも定着した売り方です。

同じ商品を通常の棚で買うこともできるのに、わざわざ並ぶ。この行動を、単純に「安いから」で片づけるには少し無理があります。実際いくら安いのかは、詰め終わるまで分からないからです。

詰め放題は値引きではなく定額販売です。単価が示されないため得かどうかを事前に判定できず、そのうえ詰め残しが損に見える構造が重なっています。

詰め放題は「値引き」ではない

まず販売形態を確認します。詰め放題は、袋1つあたりの金額を決めた定額販売です。ここが通常のセールと違います。

割引を訴求する場合には、表示のルールが関わります。消費者庁の価格表示ガイドラインでは、割引率や割引額を用いた表示について、算出の基礎となる価格、適用される商品の範囲、適用されるための条件を明示する必要があるとされています※1。何と比べて安いのかを示す責任が生じます。

詰め放題では、この比較が発生しません。「500円」という金額はあっても、それが何割引にあたるかは表示されず、そもそも表示のしようがありません。中身は買う人が決めるからです。

結果として、売り場には得かどうかを判断する材料が置かれません。判断材料がないまま、お得な催しという印象だけが残ります。

比べる相手がいないと判定できない

判断材料がない状況で、人は何を基準にするのか。ここに行動バイアスが関わってきます。

消費者庁が公開するOECDの政策レポートでは、アンカリングについて、消費者は自分が最も重要であると考える情報を中心として意思決定を固定し、追加情報が提供されても固定されたところから遠く離れることができないため、提案の価値に対する認識を十分に調整できない可能性があると説明されています※2。

詰め放題で最初に示される情報は、袋1つの金額です。この数字がアンカーになります。以降の判断は「500円に対して何個入るか」という形で進み、「1個あたりいくらか」という問いには戻りません。

同じレポートは、フレーミングについて、消費者は情報の内容だけでなくその情報がどのように提示されたかによっても影響され、特定の方法で選択肢を提示することで特定の基準点から評価するよう誘導できるとしています※2。詰め放題という提示の仕方そのものが、評価の基準点を「個数」に移しています。

詰め残しが「損」に見える

次に、詰めている最中に働く力です。多くの人が、明らかに使い切れない量まで詰めます。

消費者庁が公開する行動経済学の解説資料では、損失回避を、利得よりも損失をより大きく感じる傾向と説明しています※3。袋にまだ入る余白は、入れなかった場合に「得られたはずのもの」ではなく「失ったもの」として意識されやすくなります。

さらに同じOECDレポートは、保有効果について、消費者はあるモノを諦める際に、そのモノを手に入れるために進んで金銭を支払うときと比べてより多くを求め、そのモノが保有物の一部となると価値が高まると説明しています※2。

詰め放題では、袋に入れた時点で自分のものという感覚が生まれます。棚に戻す行為が、単なる選択ではなく手放すことになります。この2つが重なると、量を減らす方向の判断は起きにくくなります。

自分で詰めたものは価値が上がる

詰め終わったあとの満足感にも、説明がつきます。

Nortonらは、消費者がIKEAの箱を組み立て、折り紙を折り、レゴを組む一連の研究から、自作した製品への評価が上がる現象をIKEA効果と名づけました※4。参加者は自分の素人的な作品を専門家の作品と同等の価値と見なし、他者も同じ評価をすると予想したとされています※4。

同研究は、労力が価値を高めるのは作業が成功裡に完了した場合に限られ、作ったものを壊したり完成できなかったりすると効果は消えると報告しています※4。また、日曜大工に関心があると答える人だけでなく、比較的関心の低い人にも効果が見られたとされています※4。

詰め放題は、まさに労力を投じて完成させる作業です。うまく積み上げ、輪ゴムを掛けて閉じた袋は、同じ中身を店員に詰めてもらった袋より価値が高く感じられます。この満足は、金額の得とは別の経路から来ています。

段階働いている仕組み
列に並ぶ前割引率が示されないため比較が発生しない
金額を見るアンカリング(500円という基準の固定)
詰めている間損失回避(余白が損に見える)
棚に戻すとき保有効果(手放す痛み)
詰め終わったあとIKEA効果(自作物の価値が上がる)

行列そのものが仕組みの一部

最後に行列です。これも独立した要素ではありません。

並んでいる人の存在は、この催しに価値があるという情報として働きます。単価が示されない以上、他者の行動が代わりの根拠になります。加えて、並んだ時間そのものが投じた労力になるため、列を抜けるという選択は取りにくくなります。

開始時刻を設けて人を集める運用は、この効果を強めます。同時に始まることで列が可視化され、可視化された列がさらに人を呼びます。

なお、これらは違法な手法ではありません。定額販売として適正に行われている催しであり、問題があるとすれば、買う側が損得を判定しないまま参加している点だけです。

まとめ

詰め放題に行列ができるのは、安さが証明されているからではありません。値引き表示ではないため比較対照価格が示されず、袋の金額がアンカーとなって「1個あたりいくらか」という問いが立たなくなります。

そのうえで、余白は損失として意識され、袋に入れたものは手放しにくくなり、完成した袋は自作物として高く評価されます。得かどうかを確かめたいなら、方法はひとつです。詰めた中身を家で数え、通常価格で買った場合の金額と比べる。その結果を覚えておけば、次の行列に並ぶかどうかは自分の数字で決められます。

参考文献・出典

※1 : 「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方(価格表示ガイドライン)」 |消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_35.pdf

※2 : 「消費者政策における行動洞察の活用(OECD科学技術イノベーション局 政策レポート No.36)」 |消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/international_affairs/pdf/international_affairs_190628_0001.pdf

※3 : 「ナッジとインセンティブの行動経済学(石原卓典)」 |消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/assets/consumer_partnerships_cms201_20230126_01.pdf

※4 : 「The “IKEA Effect”: When Labor Leads to Love」 |Michael I. Norton, Daniel Mochon, Dan Ariely(Harvard Business School Working Paper 11-091, 2011)
https://www.hbs.edu/ris/Publication%20Files/11-091.pdf

よくある質問

詰め放題は本当にお得なのですか?

その場では判定できない仕組みになっています。詰め放題は値引きではなく定額販売のため、割引率や比較対照価格が示されません。得かどうかを確かめるには、詰めた量の通常価格を後から計算する必要がありますが、その情報は買う時点では手元にありません。

なぜ限界まで詰めてしまうのですか?

残った余白が損に見えるためです。消費者庁が公開する資料では、損失回避を利得よりも損失をより大きく感じる傾向と説明しています。袋に入れられたはずの分は、取り逃した利得ではなく失われた分として意識されやすくなります。

詰め終わったあと満足度が高いのはなぜですか?

自分で作ったものの価値を高く見積もる傾向があるためです。NortonらがIKEA効果と名づけた研究では、自作の製品への評価が上がることが示され、その効果は作業が成功裡に完了した場合に限られるとされています。うまく詰められたときほど満足度が上がる構造です。