家電の型落ちが一気に安くなる理由——モデルチェンジの経済学
新製品が発表されると、その前のモデルの値札が動きます。数か月かけてじわじわ下がるのではなく、短い期間で一段落ちるのが家電の特徴です。
同じ製品が、性能も箱の中身も変わらないまま安くなる。これは需要が急に減ったからではありません。値段を支えていた仕組みが外れるからです。
型落ち家電が一気に下がるのは、値下げを止める仕組みが二重に外れるためです。基準となる定価がなく、原価割れの制約も旧型品では緩みます。
家電の値札には「定価」という錨がない
まず前提として、家電の多くには希望小売価格が存在しません。ここが他の商品と大きく違う点です。
全国家庭電気製品公正取引協議会は、オープン価格を「メーカー希望小売価格が設定されていないこと」と説明しています。発売時から設定していないものと、設定した価格をメーカー自らが販売途中で撤廃したものの2種類があるとされています※1。
撤廃が行われるのは、メーカーが市場価格と著しくかけ離れたと判断した場合です※1。つまり、実売価格が下がりすぎて希望小売価格が意味を失ったときに、その表示自体を取り下げるという流れになります。
この結果、旧モデルには「本来いくらの商品か」を示す公式の数字が残りません。値札が下がっても、比べる相手がないため、下がったことが数字として見えにくくなります。同時に、下げ幅を抑える心理的な下限も消えます。
原価を下回っても問題になりにくい
もうひとつの制約は独占禁止法です。仕入価格を大きく下回る安売りを続けることは、不当廉売として問題になり得ます。ただし、旧型品には例外的な扱いがあります。
公正取引委員会の運用基準は、家庭用電気製品について「旧型品や展示現品を販売する場合は、実質的仕入価格を下回るような低い価格を設定しても不当とはいえないものがある」と述べています※2。売り切ることに合理性がある商品なら、原価割れでも直ちに問題にはならないという整理です。
ただし同じ基準は、「単に後継品が発売されたことのみでは、このような旧型品とはいえない場合がある」とも留保しています※2。新モデルが出たという事実だけで自動的に例外になるわけではありません。
それでも、売り場の判断としては下げやすくなります。在庫を抱えれば保管費用と売場面積を使い続けることになり、次の新製品が入る時期には置き場所そのものがなくなります。下げる理由が積み上がる一方で、下げを止める理由が減っていく構図です。
「旧型」と書かせるルールが値引きを加速させる
三つ目は表示のルールです。安さを伝える方法が限られていることが、結果として実売価格を動かします。
家電業界の公正競争規約では、二重価格表示の比較対照価格として使えるのはメーカー希望小売価格と自店平常価格の2つだけです※1。撤廃済みの希望小売価格を比較対照に使うことはできず、旧型等である旨を明示しない二重価格表示も禁止されています※3。
さらに、自店平常価格を比較対照にする場合にも条件があります。景品表示法の価格表示ガイドラインでは、売り出し開始日以前の8週間のうち過半の期間でその価格で販売され、かつ通算2週間以上販売されていた価格であることが目安とされています※1。直前に付けた高い価格を持ち出すことはできません。
つまり売り場は、「元値からいくら引き」という見せ方に頼れません。訴求できるのは実際の売価そのものです。値引き幅を演出できないぶん、価格そのものを下げる方向に力が働きます。
| 仕組み | 型落ち価格への働き |
|---|---|
| オープン価格 | 下限の目印が存在しない |
| 旧型品の廉売の扱い | 仕入価格を下回る設定が許容され得る |
| 二重価格表示の制限 | 値引き幅の演出ができず実売価格が動く |
| 在庫と売場面積 | 保有し続けるほど費用が積み上がる |
下がり方には順番がある
3つの仕組みは同時に働くわけではありません。時間差があるため、下がり方に段がつきます。
新モデルの発表段階では、まだ旧モデルの流通在庫が潤沢で、価格は緩やかにしか動きません。新モデルが実際に店頭に並び、売場を明け渡す必要が出てから下げ幅が大きくなります。そして在庫が細ると、今度は値引きの必要がなくなり、価格は下げ止まるか、品薄でわずかに戻ることもあります。
安く買う機会という観点では、下がりきった時点と品切れの時点が近いという性質があります。底値を待つ姿勢は、買えない結果と隣り合わせです。
まとめ
型落ち家電の急落は、需要の消滅ではなく、価格を支えていた仕組みが外れることで起きています。オープン価格によって基準となる定価がなく、旧型品は仕入価格を下回る設定でも不当とはいえない場合があるとされ、値引き幅を演出する表示にも制限があります。
この3つが重なると、売り手には実売価格を下げる以外の選択肢が少なくなります。買う側から見れば、下がるのは在庫が動いている期間だけで、その期間は売場の入れ替えという物理的な事情で決まっているということになります。値札の変化を追うより、新モデルが店頭に並ぶ時期を見るほうが、動きを読みやすくなります。
参考文献・出典
※1 : 「よくある質問 Q&A(オープン価格・二重価格表示について)」 |公益社団法人全国家庭電気製品公正取引協議会
https://www.eftc.or.jp/qa/
※2 : 「家庭用電気製品の流通における不当廉売,差別対価等への対応について」 |公正取引委員会
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/futorenbai_kaden.html
※3 : 「小売業表示規約のポイント」 |公益社団法人全国家庭電気製品公正取引協議会
https://www.eftc.or.jp/code/retail/point.html