なぜそうなる? | | 更新: | TrinityStyle編集部 | 6分で読める

ルームフレグランス市場が伸び続ける理由——香りと記憶の科学

ルームフレグランス市場が伸び続ける理由——香りと記憶の科学

リードディフューザーやアロマオイル、フレグランススプレー。数年前まで一部の愛好者のものだった室内用の香りが、いまでは生活雑貨の定番になりました。

家具や照明のように目に見えるものではないのに、なぜ支出の対象になるのでしょうか。嗅覚の仕組みをたどると、その理由が見えてきます。

嗅覚は記憶や情動をつかさどる脳の領域と近い位置で処理されます。香りが空間の印象を変えるのは、視覚的な変化ではなく、記憶や感情への働きかけが起きているためです。

香りと記憶が結びつく仕組み

ある香りをかいだ瞬間、意図せず昔の場面が浮かぶことがあります。この現象には名前がついています。

特定の香りが記憶を呼び起こす現象は、プルースト効果と呼ばれます。マルセル・プルーストの小説で、紅茶に浸したマドレーヌの香りから幼少期の記憶がよみがえる場面に由来する名称です。日本食品科学工学会誌でも、技術・用語解説として取り上げられています※1。

仕組みとしては、嗅覚の情報処理に関わる脳部位が、記憶や情動を扱う領域と近接していることが指摘されています。嗅覚の処理には梨状皮質、扁桃体、海馬とその周囲の皮質構造が関わります。

視覚や聴覚の情報が別の経路をたどるのに対し、嗅覚の情報は記憶や感情の領域に届きやすい。香りの記憶が唐突に、しかも情感を伴って立ち上がるのは、この違いによると説明されています。

香りは作業の成績にも影響し得る

香りの働きは、思い出を呼び起こすことだけではありません。認知的な課題への影響を調べた研究もあります。

日本香堂と東京大学の共同研究では、精油の香りが記憶機能に及ぼす効果と、その脳内メカニズムが調べられました。結果は学術誌Brain and Behaviorに掲載されています。レモンの香りによってワーキングメモリー課題の成績が有意に向上したこと、サンダルウッド(白檀)の香りが記憶保持に寄与する可能性があることが報告されました※2。

香りの種類によって働きが異なる点が興味深いところです。集中を求める場面と、落ち着きを求める場面で選ぶ香りが変わってくることになります。

ただし、この種の研究結果には個人差があります。過去の記憶との結びつきが人によって違う以上、同じ香りが誰にでも同じ作用をもたらすとは限りません。

「空間の印象」を変える手段として

家具や内装を変えるには費用と手間がかかります。一方、香りは比較的少ない支出で空間の印象を動かせます。

引っ越し先の新居に決まった香りを置くと、その場所に慣れるまでの時間が短く感じられるという声があります。これは香りと場所の結びつきが形成されるためと考えると、記憶との関係で説明がつきます。

場面香りに求める働き使い方の目安
玄関帰宅時の切り替え弱めに常時
書斎・仕事場集中の補助作業開始時だけ
寝室就寝前の切り替え就寝1時間前から弱く
リビング来客時の印象来客前に短時間
洗面所清潔感弱めに常時

ここで注意したいのが、香りには慣れが早く進むという性質です。同じ香りを常時強く漂わせていると、住んでいる本人は感じなくなり、訪れた人だけが強く感じる状態になります。

使い方の順番

香りを取り入れるときは、強さと場所の設計から始めると失敗しにくくなります。

  1. 場所を1か所決める——最初から家中に置かず、玄関か寝室のどちらかから始めます
  2. 弱い濃度から試す——強すぎる状態に慣れると、後から調整しにくくなります
  3. 切り替えの場面で使う——常時ではなく、帰宅時や就寝前など場面と結びつけます
  4. 同居する人に確認する——嗅覚の好みは個人差が大きく、不快に感じる人もいます
  5. 定期的に見直す——慣れによって感じ方が変わるため、数か月ごとに強さを確認します

3番目は、記憶との結びつきを活かす使い方です。特定の場面と香りをセットにすると、その香りが切り替えの合図として働くようになります。

まとめ

ルームフレグランス市場が伸びているのは、香りが空間の印象を変える手段として機能するためです。嗅覚は記憶や情動を扱う脳の領域と近い位置で処理され、香りは視覚とは別の経路で空間の感じ方に作用します。

香りの種類によって働きが異なることも研究で示されています。集中したい場所と休みたい場所で選び分け、常時ではなく切り替えの場面で使う。この2点を意識すると、少ない支出で効果を感じやすくなります。

参考文献・出典

※1 : 「プルースト効果」 坂井信之(東北大学大学院文学研究科)|日本食品科学工学会誌 第72巻第12号 p.495(2025年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/72/12/72_NSKKK-D-24-00053/_article/-char/ja

※2 : 「株式会社日本香堂と東京大学が「香り」の記憶に対する作用を研究」 |株式会社日本香堂
https://www.nipponkodo.co.jp/iyashi/research/

よくある質問

香りで昔のことを思い出すのはなぜですか?

特定の香りが記憶を呼び起こす現象はプルースト効果と呼ばれます。嗅覚の情報処理には梨状皮質や扁桃体、海馬とその周囲の皮質構造が関わり、記憶や情動をつかさどる領域と近い位置で処理されるためと説明されています。視覚や聴覚とは経路が異なる点が、香りの記憶が唐突に立ち上がる理由とされています。

香りは集中力や記憶に影響しますか?

影響を示す研究があります。日本香堂と東京大学の共同研究では、レモンの香りによってワーキングメモリー課題の成績が有意に向上し、サンダルウッドの香りが記憶保持に寄与する可能性が示されました。結果は学術誌Brain and Behaviorに掲載されています。ただし個人差があり、すべての人に同じ効果が出るとは限りません。

室内の香りはどう選べばよいですか?

場所と時間帯で使い分けるのが基本です。集中したい書斎や仕事場と、休息する寝室では求める作用が違います。また香りは慣れが早く進むため、常時強く漂わせるより、切り替えのタイミングで使うほうが効果を感じやすくなります。同居する人や来客が不快に感じない強さに抑えることも重要です。